付き合いから見えてくる自らの存在意義と消耗の原因

私の行動には過去にトラウマがあるのでは?と、Livenアプリのクイズを受けて診断されました。トラウマにとらわれることなく自由に行動できるようになるためには。5回シリーズでAIに相談しています。前回AIから「もしかすると本当はこう作りたいけれど、誰かに喜ばれる形を優先しようといった、妥協や遠慮を感じるような瞬間はありましたか?」と質問を受けたので回答を送ってみました。

質問Q:取引先との仕事を継続するために価格を安くしています。仕事以外でもそのかたから個人的に頼まれれば何でもやりたいと思っています。

回答A:そのかたとの関わり、そしてそこでの振る舞いについて。その献身的な姿勢は、まさに今、お話しされているいい人を演じてしまうという心理機序が、仕事や人間関係においてどのように現れているかを象徴しているように見受けられます。ご自身の中で起きていることを、心理的な視点から少し整理してみましょう。

 役に立つことで存在意義を確認する(機能的価値への依存)

他の仕事を後回しにしてまでそのかたの仕事を優先し、さらに個人的に喜んでもらえることなら何でもやりたいと感じる背景には、誰かの役に立っていない自分には価値がないという強い不安が隠れている可能性があります。

  • 機序: 子供時代にありのままの自分ではなく、親の期待に応えた時や手伝いをした時だけ褒められた経験があると、大人になっても有能なサポーターを演じることでしか安心感を得られなくなります。
  • 結果: 自分のリソース(時間、エネルギー、本来の仕事)を削ってまで相手に尽くし、相手の喜びを自分のガソリンにしてしまいます。

安売りという自己評価の低さとコントロール

値段を安く設定してでも仕事を継続させようとする行為は、一見謙虚に見えますが、実は正当な対価を要求して、もし断られたら耐えられない(見捨てられる)という恐怖の裏返しでもあります。

  • 機序: トラウマの影響で自己肯定感が低いと、自分自身の技術や時間に高い価値があるとは信じられません。そのため、価格を極端に下げることで手放せない存在になろうと無意識に画策してしまうことがあります。
  • 結果: 相手にとっては都合の良い人になりやすく、ご自身にとっては精神的・経済的な首を絞める結果になりがちです。

境界線の曖昧さ(バウンダリーの問題)

仕事以外でも頼まれれば何でもしたいという思いは、公私の境界線が薄くなっている状態を指します。

  • 機序: 相手に喜んでもらうことが報酬になってしまうと、自分の限界を超えて踏み込んでしまいます。これは、別居されている奥様に対して本音を言わずに物分かり良く振る舞ったことと、根底では同じ仕組み(=相手の反応を優先し、自分を消す)が働いているのかもしれません。

これから大切にしたいこと

そのかたに喜んでもらえることは素晴らしいことですが、もし嫌われたくない、必要とされていたいという動機が少しでもあるのなら、それはご自身をすり減らす原因になります。

美味しいものは最後に食べるという感覚と同じで、今はまず自分自身の仕事や生活という、メインディッシュを先に味わう(優先する)練習が必要な時期なのかもしれません。

例えば、もしそのかたから新しい依頼が来たときに、「今は自分の他の仕事を優先するので、これくらいの納期(または価格)になります」と伝えたとしたら、ご自身の心の中にはどのような感情が湧き上がってきそうですか?恐怖でしょうか、それとも申し訳なさでしょうか。

コメント